ペンギンオヤジの舌癌闘病と母の介護

舌癌ステージ3の闘病と母の介護についての記録

【介護006】介護で和んだ瞬間(介護はツライことばかりじゃないよ)

 

ハートの形をした雲の写真

RRiceさんによる写真ACからの写真

 

今回は母の介護をしていて和んだ瞬間のことを書きました。

介護というと「ツライ」「大変」というイメージを持つ人が多いとおもうけど、そればかりじゃないよ、という話しです。

心が和む瞬間

化粧水を塗るお婆ちゃんのイラスト

たなぼたさんによるイラストACからのイラスト


 

 

 

介護している間、私はほぼ24時間ずっと母に付きっきりでした。当然のことながら、精神的にも身体的にもかなり消耗してました。

 

だけど、そんな厳しい状況の中でも時おりクスッと心が和む瞬間がありました。

 

ちょいボケになってからというもの、母は次第に童女に戻っていくようでした。

 

上のツイッターでも呟いたように飲料水と化粧水を間違えてお化粧を始めて、最後にニコリと笑った顔は童女そのものだったように感じました。

 

母は86年の人生で何かと重いものを背負って生きてきたと思うのです。

 

でも、人生の最後に一つ一つ荷物をおろして身軽になって、まだ荷物を背負う前の子供だった頃と同じような表情ができるようになったのかなぁと思ったりもしました。

 

母の頑張る姿に命の強さを知る

リハビリするお婆ちゃんのイラスト

ヤマモリポテコさんによるイラストACからのイラスト


 

 

長い入院生活の果てに母は自分で立ったり歩いたりすることが出来なくなってしまいました。

 

この体の変化には母もかなりイラだっていて、それが不穏という形で爆発することも度々ありました。

 

だけど、立てなくなったこと、歩けなくなったこと自体を忘れてテーブルの縁を持って何とか立ち上がろうとすることが何度かありました。

 

そんな母の行動を「ちょいボケ」だから・・・とも取れますが、私は命の強さを感じました。

 

たぶん・・・人間の回復力ってすごいものがあると思うのです。

 

私自身が癌になり大きな手術を受けたのですが、大きな手術の跡も日を追うごとに消えていったし、2/3を切除した舌も(不完全ながらも)元の働きを取り戻していってくれました。

 

そんな私の体の様子を友人は「体は元気になりたがっているんだよ」と言ってくれましたが、私は必死に立ち上がろうとする母の姿にその言葉を重ねていました。

 

母は最後まで母だった

にこやかな指おばあちゃん

acworksさんによる写真ACからの写真


 

 

私が癌を告知された時、母は入院中で家にはいませんでした。

 

父と弟には正直に癌であることを告げましたが、母には余計な心配を掛けないよう弟とも話し合って癌であることを伏せることにしました。

 

だけど、もしかしたら母は薄々は気づいていたのかもしれません。

 

当時、抗がん剤治療を受けていたので母の前でも副作用の吐き気に襲われることが何度もありました。

 

母のベッドの横で私がゲホゲホしていると、「大丈夫か?もしかして癌じゃないのか?」と言われたことが二度、三度ありました。

 

「親にとって子供は何歳になっても子供だ」とよく言われますが、ちょいボケになった母にとってもそれは同じで、介護が必要な体になって人の心配なんかしてる場合じゃないと思うのですが、ちゃんと子供の体のことを思ってくれました。

 

ちょいボケになっても母は母だと思うと、介護の大変さも忘れて自然と母に対して感謝の気持ちを感じました。

 

介護で笑顔になる方法

手のひらの上に浮かぶハートの写真

Canape104さんによる写真ACからの写真


 

 

「介護」に限った話ではないと思いますが、大変こと、シンドイことに囲まれているとネガティブ感情に支配されがちになってしまいますよね。

 

でも四六時中ずっと「大変」「しんどい」ばかりではないと思うのです。

 

母を介護している間、確かに大変なこと、シンドイことがたくさんありました。

 

だけど

・母の仕草にふと笑いがこぼれる瞬間

・命の強さを感じる瞬間

・母の優しさに心がほっこりする瞬間

 

そんな気持ちが明るくなる瞬間もたくさんありました。

 

「精神論」みたいに聞こえてしまうかもしれませんが、要は気持ちの持ちようだと思うのです。

 

「大変なこと」「シンドイこと」ばかりにフォーカスするのではなく、「心が明るくなる瞬間」を探すようにすれば介護の疲れも少しは癒されると思います。


 

私が母を介護していたのは約4か月でした。たった4か月です。

 

それこそ何年、年十年という単位で介護されている方からしたら「分かったようなことを言うな!」と怒られてしまうかもしれません。

 

でも、私にとって母にずっと付き添い、文字通り寝食を共にした濃密な4か月という時間は今では私の宝物になっています。

 

うまく言葉にできなくて申し訳ないのですが。。

 

母は人生の最後の4か月という時間で私に人として大切なものを教えてくれたように思うのです。